四月だしさ

4月っていうと、学生時代は新シーズンって感じで嬉しかったけど年取って社会人になると来てほしくない季節だよねん。
というのも、正社員ニート転職フリター派遣を経験している身としては。
職を変わらず通勤できている事に安堵している。


この時期は多分、ニート転職フリターって検索する人が多いんじゃないだろうか。
私もこれでいいのかな、私負け組じゃないよねなんて思って同類探しというかなんか安心したい一心で検索していました。

 


そんな検索をしているのは君だけではないんだよ、以前は私も検索していたのだ、そしていつか検索をする日が再びやってくるであろう。派遣社員だから。
そんな人を勇気づけるため、怒涛の私の10年を振り返ってみようと思います。

 


人生の分岐点てその時はわからないけど、後から思い返すと違う方向へ行けばよかったなと思うことがあります。その時は正しいと思ったり流れに身を任せてしまうわけです。

 

 

Black history 第一章>>学校選びは大切に編

私立高校→三年制の専門学校へ
まず専門学校へは行くべきではなかった、三年間何してたんだろうという長い長い無駄な時間を過ごしました。
たしか文部科学省認可の情報系の専門学校で
普通に6時間授業、三年目でやっと担任の先生がお前たちのために前半パンパンに授業入れてやったぞ後半は午後から午前中だけの授業多かった。


田舎だったしコンビニもないくらい住宅街の中に学校のビルがあった。
駅のコンビニとヴィドフランスと隣駅のマックと駅前のミスドとカラオケ屋さんがオアシスでした。夏冬はコミケに行くし、地元で働いていたので貧乏学生でした。


授業は放送授業というか放送大学みたいな授業ばかり
バイトの毎日なので居眠りで終わる
授業→地元のシフトのバイトで一日終わるのでね
授業もテキストばかりで実技パソコンに向かうもプリント通りに
プログラムを打つ→終わりである
バグ探しという名の誤字を見つけるだけ
今でいうITパスポートの試験を取るための授業ばかり
落ちこぼれるとwordとexcelの資格取れと言われる、excelは取得した。基本情報は無理だった馬鹿だからー。


無駄に三年間を過ごし、学校斡旋で地元の零細企業に受かる。
受けた企業で唯一面接しかなかったから。
筆記テストがあったところを2社受けた思い出があるが落ちました。そして進路指導の先生も女の子だから事務にしたらって言ってたけど謎のプライドを持っていた私は事務は嫌ですプログラマー志望です(プログラムも組めないのに)と言った思い出があります。


30人もいない企業で社長一人が面接で、喋れればいいと言われその場で採用。友人も学校斡旋の社内説明会で受かっていたので、これでいいのかなと他と比べることもなく受かったからいいかなんでもいいかで就職活動は幕を閉じる。


今思うと、事務職にしてればよかったかなとか短大でもなんでもいいから情報の専門学校以外に行けばよかったかなーなんて思うのですよ

 

Black history 第二章>>プログラムが打てないのにSE編

入社し数日は、零細企業が何社か集まって行う新人研修みたいなのに参加した。同期はまさかの4人でした。(のちに1人は半年でクビになる)
そして、研修開け出向させられる。
初日から終電で帰る、唯一年末の仕事納めだけは定時で帰れた。残業代は出ないし休日出勤手当も出ない。有給も取った事なかったし、病欠もしなかった皆勤賞。ブラック過ぎて、これが普通だと思ってしまうわ。大型連休は出向先が休みなので休みでした。
出向先は普通の上場企業でしたが、その会社の人は所長と副所長と社員2人で他は出向社員の人ばかり他社も何社かいる不思議な場所だった。
残業代出てなかったの私の会社だけだったんじゃって今になると思う。
お給料は普通の初任給くらいボーナスなし
土日しかお金を使うことはないので、ライブとコミケが唯一の楽しみにでした。
そしてリーマンショックがやってくるのです。
相変わらず、残業は続いているが他の会社の人はまた一人また一人と消えていき。やれる仕事は高度な仕事しかなく、2月ごろに自宅待機3月いっぱいで自主退職のお願いをされる。
一年間いたけど、プログラムなんて打たなかったし何がどうなっているのかの解説もなかった。
プログラム焼き込んだ基盤の動作確認してただけだからという。試験道具の使用法だけはマスターしたというね。
まじ私の一年なんだったんだっていう、学生生活三年間なんだったのかという。


試験道具しか触ってないから、プログラムなんてほとんど読めないから数値入れてのテストも出来ないし。最後に一番面倒見てもらった先輩には忙しくて何もやってやれなくてスマンって言われたのが今でも残っている。このブラックな環境では誰かに教えてもらうなんて生暖かい頭じゃ生きていけなかったんだなって思う。同じ部署に唯一の女性の先輩がいたんだが、その先輩が毎日いてくれただけで私は折れずに生きていけたけど。
打ち合わせとか会議とかでいない事多くて、プログラム打ってたとこは見た事なかったんだけど。


Black history 第三章>>転職はニート
今から10年ほど前、長蛇の列をなすハロワークに通っていた。

あまりの人の多さに手続きが一日仕事で
GW開けてから活動しようとなり
遊ぶ
GW開けて
いくつか面接を受けるも落ちる
面接に行くたび、履歴書の束が見えるところにあるわ
エクセル使えるあれはこれはって関数を言いまくる、実務で使ってないならうんたらかんたらとか
筆記試験がある会社で自分の馬鹿さに悲しくなる
落ち続けるというのを繰り返す


今飼っている犬が我が家に来たころ多分9月くれた
医療事務の仕事で採用される、資格持ってないのにでも
環境と仕事内容になじめず、試用期間内で自主退職を求められる


何が向いているのかわからなくなる、何もできないのではないかいわゆる自信喪失である
二回も職場で自主退職を迫られるなんて


年末なので、求職する気をなくす


年明け
給付金が貰える
遊ぶお金ができ、安堵する
新卒から派遣社員になった友人に、派遣会社を紹介されるも
銀行系で筆記プチ銀行テストがあり全然分からず
不採用になる
他にも、検品の派遣の説明など聞きに行くも不採用


派遣でも仕事が見つからず、アルバイトでもいいかなとなる
近所のスーパーやホームセンターに面接にいくも不採用


アルバイトでもダメなんてと途方にくれる
自分が職を選んでいただけなので、適当に受けていればなんか一つは採用されたのかな?


面接に生きたくなくなり、正社員一年時代後からトータル一年半無職を過ごす


今思うと日雇いのバイトとか派遣会社の登録とかなんかする事あったんじゃないのと思うけど



その選択ができなかったのがニートというやつかな

 

 

Black history 第4章>>転職はフリーター編に続く