そこからが、沼

闇金ドッグスの安藤忠臣によって山田裕貴の演技沼にはまってしまった人間の走り書き

視覚と因果律(ドラマ版ホームルームについて)

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ホームルームのDVDBOXが発売されました。

おめでとう、おめでとう、おめでとうございます。
なぜDVD形態しか発売しないのか謎だったんですけど、本来は発売されない予定だったと
山田裕貴さんのぼやき(ワタナベのスマホサイト※有料コンテンツ)でもホームルームの公式アカウントでもおっしゃられていて。

 

 


だからDVDオンリーなのかなるほど、と謎の納得をしたのですが。最近は円盤化しないのが多いですなテレ朝系は特捜9ホリデイラブも円盤化されていなくて、ホリデイラブは海外版を見かけたくらいには探しましたね血眼で。そういやなんだかんだでガチバンもセル版、探し歩いてゲットできたので欲しいものは向こうからやってくる気分で生きていこうってなりましたね。

ホリデイラブの円盤欲しいい。

ガチバンNG2は、まぼろしぃ〜って言いながら探してBOOKOFFなんて他県まで行ったものです地元のBOOKOFFにUMとNG2だけごっそりなくて見えない自分が買ってったかと思いましたもんね。NG2に至っては嫌がらせのようにカートに入れれるショップ見つけては注文してました。2週間で自動キャンセル扱いのメールにガチバンNG2の忠臣のメイキング…メッ…ってなりましたものね。

忠臣について煩いので、今日はラブリンについてですホームルームについてです。


ドラマ本編が2枚のディスクに収まっていると
長いようで短いドラマだったんだなと。
実際ドラマ見てる分数以上に、考察をしていたという暇人である。

 

※年々というか、元からいろんなジャンルを見るせいで純粋に作品を見ているというよりかは自分を満足させてくれる作品を探してみている感が強いので。

純粋な感想文ではないです。


このドラマは久しぶりに
ドラマの見方を考えさせられるドラマでした
フジのSP 警視庁警備部警護課第四係

https://youtu.be/QkMUfyRhmjg

(SPの公式のCM動画が探せなかったので

主演の岡田師範の所属グループV6の隠れた名曲

SPのテーマ曲に歌詞がついた曲のPVです)

というドラマ見てた時に
公式がPodcastというWebラジオみたいなものを放送後に配信していて(本編見ながら聴くオーディオコメンテリーのようなもの)このドラマほど
そういうのくれよと思ったくらいには、監督や役者からの解説やコメントを欲してしまった作品でした。SPは説明不足を補う様な事をしていたと後に思うが、あのドラマからコメンテータリーというものが好きになった気がする。よく考えるとあのドラマもシーンに意味があったのが多かったな?アバンとかそういう言葉を植え付けられたドラマであったりする。SPは映画の革命編のエンドロールムービーに

上司の尾形が目を伏せる→部下の井上の目が開くとあり意志が継承されるを表しているというようなニュアンスをコメンテータリーで補完してたんですよね。聴いた時、あーそうかーそうかーってなりました。以上コメンテーリーが好きになった思い出話)

 

 

2020年1月~3月ドラマはあまり見ていないのですが「テセウスの船」・「 ニッポンノワール」と伏線・考察を楽しませる視聴者参加型ドラマとよく目にしたので2020年前半はこの類のジャンル多いなという印象であり。

タグってなんのためにるの、いろんな考察・感想みるためっしょっていう(作品視聴者的にはね。この時期ちょっとタグについて考えさせられたのでいい勉強でした。)


私、個人の見解というか
山田裕貴さんの出演作品をいろいろ見て思ったのが
多分、おそらく、いや、自分でも憶測
なんすけど、役を生きている上で
こういう人間に見えてほしいという正解像みたいなものがあると思うんですけど。

 

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*1

https://friday.kodansha.co.jp/article/89753

インタビューとか読んでいても、このキャラはこういう生き方で生きてきてしまったからこうなってしまったみたいな、のはインタビューから補完していけるんですけど。

(山田裕貴のダークサイドキャラ

のこういう山田裕貴の中で掘り下げられているのを聞くのがすごく好きでして。あらゆるインタビューを漁るのが趣味みたいになって、もはや虚無キャラの調査書みたいに見えてきますもんね)

物語の行き着いた正解の答えはネタバレになるし

多分我々視聴者が辿りつくべき場所であるのであまり語られていなのだろう。(闇金ドッグスに関しては、未だに自分の捉え方が正解なのか間違いなのかわからない)
いや正解とかないやろ、言ってる俳優さんいるかってなるんですけど。

 

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https://www.oricon.co.jp/news/2163108/full/

*2

このインタビュー見て、あっ我々には深淵に辿り着いてほしいのですねって(私は)なった次第なんですが。どの作品というか虚無振り切ってる人間のキャラは、どうしてやろうかとなるくらいには、解らんのだわ解らんのだよ。もう何が解らんのかすら解らなくなりますもんね。見てる此方としては虚無キャラの心理はアルカトラズかって思いますもんねプリズンブレイクするのに必死でクリミナルマインドしてんだわって感じ。


このシーンはこう見るんじゃないのか
いやこれはこうだからこうだろうみたいな
事が放送時うまくできなかったのが
心残りです。
ホームルームに限らず
ワンシーン言いたい事を表しているシーンの活用法をする作品は意外と多くあるんですが
まあ深く考えて気にして見るか、言われないと気づかねえYO!!が圧倒かな。


ハイローで例えるとザゲで回収された

https://apps.apple.com/jp/app/high-low-the-game/id1459605548

轟が自己紹介時に、クラスメイトに
投げられた靴を賽と置き換えられているという

 

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賽は投げられた」のパロ

サイコロが振られた、もはや運命に向かって事は進み始めたのであり後退はできない、といった意味の表現。

轟のトリガー(何らかの動作を開始するためのきっかけとなる命令や信号のこと。)

なんですね。って思ってってこのスチルのタイトル見ると、ほおってなりあすもんねハイローシナリオがチートでも。

という・・・いや、ザゲプレイして気づいたわ、このシーンに関しては。(これseason2のシーンやぞ。)
村山に関して言えば、ザワーストでコブラに電話して夜道を歩いてるシーンかな。轟に助言はしてやれる、進むべき道筋を無理くり矯正してあげれるのに自分の進むべき道には盛大に迷いお先真っ暗の

村山にとって、ふと電話してコブラちゃんあのね・・・という存在は村山にとって自分の行く道を照らしている存在なのか?と言う様な捉え方もできるわけで。個人的な村山の見方は

天邪鬼(人の心を見計らって悪戯をしかける子鬼)

ja.m.wikipedia.org

なので、人の心は読める

自分の本音はわからない。

(あまのじゃくの人は他者、そして自分に素直になれないため、自分の本音もわからない状態にあります。)byhttps://seikatsu-hyakka.com/archives/18627

ちょっと盛大に話がまたズレますけど、もう

どうして村山良樹この天邪鬼という漢字が似合いすぎやろ。もう、お前や!!お前のためにあるような文字やぞw)キックアンドパンチおじさんの出現で、もう村山も山田裕貴さんも天邪鬼に見えてきて、もうどうしよwってなったのでもう彼等揃って天邪鬼ですね。

なぁ、ラブリンお前もそうだろう。

 
そういう意味が込められたシーンがホームルームには沢山ある、ありすぎて多分全部見つけきれていない気がするんです。
最終回はラストに愛田凛太郎の台詞が少ない分、シーンにいろいろな要素が凝縮されている。
凝縮されていてなおかつ、そのワンシーン・ワンシーンが意味を持っていすぎるあまり私は一度見た後に、闇金ドッグス8でもした見方、逆チャプター再生
結末から、どうしてそうなったのかを追う見方
個人的に見えないモノが見えてくる気がする邪道の見方をしました。チャプターごとに区切って見ないと脳が認識しにくいサーっと流れていきますからね。私の脳はタイムラグがあるんだよw

 
個人的に作品を見るにあたって
その作品の結末や本筋の着地点はあると思うのですが
どこに着地点させるかというのは視聴者の自由かなという節が私の中にはあるのですが
ホームルームというドラマは、
こう見てほしいという部分がおそらく強く出ていたように感じたかな
私自身、自分のホームルームのドラマの感想呟きに対して小林勇貴監督がいいねRTしてくれたら
このシーンの受け取り方感じ方はこれでいいのか
と納得する腑に落とす事をしていて
正解を探しながら見ていたりはした
でも実際そんな見方をしてる人間というのは、ごく少数だと思う。

(この見方で見ると、まあ展開が自ずと絞れてきてしまってですね

あのラストの衝撃を受けることが出来なかったというか、個人的に展開を読んではいけないなと固く誓ったというか。『えーこの先どうなるんだろう(棒読み)』のような状態で見た方が、楽しめたのか否か。映像美を追うあまり、私は山田裕貴のファンだった気がするのに「ドラマ版ホームルーム」を評論したい奴なんか?ワイは一体何がしたいんやって最終的になっていまい、この文章打っている。(このドラマ版ホームルームという作品は、語るに値する作品である!!

 

 

巨匠の押井守監督も

監督の仕事というのは「面白かった」の次に、語るに足る要素を仕込むことです。何度も言っているように、「語ったときに初めて映画になる」というのが私の持論なので。役者の仕事は、身体(しんたい)という次元で監督のその“語る”部分を実現することになる。

https://lp.p.pia.jp/shared/cnt-s/cnt-s-11-02_2_a5d8c63f-0d25-4a00-a8ef-8046d3776a56.html

*3

※この記事、押井守監督がホアキンJOKERを盛大にデスってるので、いろんな意見あるわあという典型の記事になります視野は広くいこうぜ!!

 

私は視聴者ですけど、作品の面白さを考えた時に

見て、あー面白かった。そこだけで、止まる作品と

TLの中心で、この作品はーとかここがいいんだよ、ここがと、それがオタクwなんですけど誰も聞いてもいないのに喋り出してしまう俺の愛するこの作品を見てくれ!!、この歌聞いてくれ!!というようなことをせねばならない宿命の作品他に出会った時、

まさに、これこそが素晴らしい作品だったといえよう!!(私は牡羊座で、しいたけ占いで「自分の部屋を掃除して、自分の部屋は素晴らしい」って叫ぶタイプらしいので、ああ通常営業の私です。忠臣の虚無について叫んでるのも牡羊座のせいです。)

 

だが、ここ解らんのだわという部分もあるんだわ、頼むちょっと言わせてくれw状態

もう純粋に作品を見てるんじゃなくて画面から全てを読み取ろうと必死なんだ、もう誰だよこんな見せ方にしたヤツwいい脳トレ教材じゃい)


ハッシュタグ検索をフルに活用したり
純粋にドラマ自体を見ている方のツイから
いろいろな気づきをもらい
監督いいね・RTで飛んでくるツイから
いろいろ拾って、えっ、このシーンはそんな感じ方ができるのか
というのを最終回間近になってフル活用した
ハッシュタグって、ありがてえなって思いました。

 

自分自身の本来のタグの使い方って作品を見る上では、意見の俯瞰なんですよね。(時々、違う使い方しますけど。)

 

この作品に限らず映画とか見た後に
自分も感想を呟く他の人の感想を見る、ということ自体はずっとしてるんですけど

 自分にしか見えない、他人しか見えない部分がある

それを補ってくれるのが、SNSでありインターネットです。

(賛否両論あって、それを感じてこそ物事は客観視できると思っている。だからこそ負の意見も見たい人間であり客観的に作品を物事を見れる人間でいたい。沼に浸かると客観がなかなか難しくなってくるのは事実であり、今後の課題である。ドン!!)

 

 そして、今回ワンシーン・ワンシーンに意味があることによって恐れ多くも使ったのがスクショ。

今まで避けていたんです、スクショ。
スクショは色んなところで見るのですけど
作品と事務所によってルールが違うんですよね
一種の暗黙の了解のような
だいたいの配信系はロックがかかるのでできないですがTVerGYAO!で無料で配信されるものに関しては可能であるので可能というかスクショできちゃうのは配信サイトのリンク付加すればOKなのかなと、個人的に解釈して使ってたりします。
ホームルームに関しては
文字だけでは感じとったものを表現しにくいので
スクショをフル活用しました
小林監督がいいねとRTをくれるので、局的にはどうなんですかな(DMが飛んできてないのでいいんすかね)

togetterにまとめたらイチオシにしていただいていたり、してしまって。

私の俳優ファンなりの大好き作品ができた時のSNSの使い方の一つが、

知らない人が作品を知るきっかけ、となるつぶやきをする事だったりするので、自分なりの今後のSNSの使い方が定まりました。私自身、つぶやきから作品に出会うことが多く闇金ドッグスを見るきっかけもtwitter経由だったタイプだったので。インターネットSNSは万物の根元であり宇宙であり、私は電脳世界を旅して未知との遭遇をしているのだと。

まだ見ぬ作品を知り、深く探究するツールみたいな山田裕貴のいう深淵に辿り着くためには必要なものである。虚無キャラの深淵は奈落だ、私は虚無キャラが大好きなので奈落まで追っかけたい人間なんです虚無を語らせろテメエの虚無論を見せろ聞かせろドンドコドン。

 

またまた話が逸れた、スクショですスクショ。

スクショを活用いや乱用させていただきました。

でも、実際こう見えてるからこうであるというのは十人十色で千差万別なのかな
見てるこっちも、いやこれは結構むずいぞ
めっちゃ首傾けて、いやこれはこう捉えるのが正解か、いや前後シーンから、たどり着いた結末が
こうであるならこうなのか・・・


おい、これでいいのか
誰かなんか言ってくれよ!!
って思いながらtwitterで呟いたりしてたんですけど
バックグラウンドではフォロワーさんと
DMでずっと
ドラマのホームルームとコミックスのホームルームとの違いから見える
ドラマ版ホームルームの終焉の予測と
このドラマのテーマは一体なんなのか
(LINEよりも回数の多いDM
いや会って喋れ状態のDM量
いや会って喋れないからDMしてるんだわw
というDMディペートを繰り返していまして、いたので、

このドラマは一人で壁打ちしながら見るのではなく
仲間と語りあいながら見るのが正解だったと思う
正しい見方さえも定まらないまま終わってしまって
途中から、私は山田裕貴のファンだと思ってたけど
だんだん山田裕貴の演技オタクなんじゃないかと気づき我はファンではなく山田裕貴の演技オタクだわって改心しましたね。


ドラマ見終わってもいまだに残る消化不良部分は
幸子は一体ラブリンになんて言ったのか(口パクのシーン)解らんままであり。

このシーンは、結局わからなかった。放置して、次のシーンの解釈をはじめてしまったのですね。

 

 

 

 

このシーンに登場する

ピグマリオンコンプレッス

「純愛の結末 偏愛の入口」

がラストを文字通り表しているんだが。


幸子はラブリンの気持ちを理解しようとした結果なのか幸子自体も元から、ラブリンと同じ嗜好の人間だのかラストのラブリン宅にセーラー服を着て寝静まった頃にラブリンの様に愛を囁きにくるという。
幸子からの愛もラブリンが夢の中にいる時に囁かれているという
ラブリン、自体が幸子にした仕打ちを本人に仕返されているという


なんでそうなった!

 
という結末は、いくらなんでもラブリンがというか山田裕貴が生きる人間は因果応報キャラが多いな。遡ると宮本武蔵(完全版)の武蔵なのか、TRUMPのクラウスなのか君たち虚無キャラの根元どこや?、と何回転生してもどの時間軸でも宿命背負いすぎでしょうよw
愛を知らないキャラ多いでっせ、愛を知らない人間のオンパレードでわと。山田裕貴出演作品ハイロー以外ちゃんと見始めてまだ半年の人間ですけど、愛じゃなくて哀しか知らない野郎多すぎじゃい。愛か哀で振り分けたくなるくらいには、可哀想なヤツ多いんですねえ。ラブリンの話に戻ります。ラブリンは幸子に愛されたかった、でも学生時代の幸子には拒絶されてしまった。
教師の職を失った愛田凛太郎の姿は、確かにどん底の状態なんですけどカモミール花言葉のせいか
どこか暗くは見えないような、ラブリン自体は見窄らしい姿なんですが。で・もラストは幸子がモンスターになってしまったようで怖いというね。

 

幸子に尽くした罪(愛)を

幸子からの罰(愛)をラブリンは

受ける事によって、償わされる運命なのかという
報われねえEND


世にも奇妙な物語の結末のような


愛田凛太郎としては
教師としてのから追放された事により
呪縛から解放されたのか
ラブリンにとって楽園(天国)学園だったとすると

(ちょっと学園天国ってなりますね真面目に行きますね)

どん底働く愛田凛太郎姿というのは
もろに堕天してるといえよう

 

堕天使ルシファー

明けの明星を指すラテン語であり、光をもたらす者という意味をもつ悪魔・堕天使の名である

(まあWiki読んでこいよ、以下抜粋)

*4※リンクがうまく貼れてないのでコピペで飛んで

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ルシファー

キリスト教神学におけるルシファー

キリスト教会ではルシファーサタンであるという見解が取られている。

また、イエス・キリストルシファーだとする主張がある。

 

追記

キリスト教では、失楽園の物語は「原罪」として宗教的に重要な意味を与えられる。新約聖書では、アダムは騙されなかったとしてアダムの罪の大きさを指摘する他、イエス・キリストを「最後のアダム」と呼ぶなど、アダムへの言及が各所に見られる[6]。また、エバを騙した蛇はサタンであるとされる[7]。なお、アダムは正教会で聖人に列せられている。

リンクがうまく貼れない見たかったら飛んで

*5https://ja.m.wikipedia.org/wiki/アダムとエバ

エスアダム

もはや脳味噌が追い付かないのだが

 

www.youtube.com


まだらの歌詞のようだ
絡まる針が命を急かして
身体を脱いで捨てても 自由にはなれない

この歌詞から、ラブリン=イエスかなって思い

まあ邪悪すぎるので、いや裸でうろうろしてるけど

お前は聖なる者か、だが不思議といやらしさを感じないのは何故だ、とイエスについて調べまくるわけですよ

アダム=イエス=ルシファー=サタン

Wikiによって紐づいた瞬間です

思い込みかもしれませんが、こんな偶然はなかろう

とこういう謎解きが好き?ではないんですけど

ググった先に何が見えるのか、まあラブリンの虚無の根元であり私が大好きな山田裕貴の台詞にないところから見える部分ですよね。

それが深淵なのかー

 

愛田凛太郎という人間は

アダムか……素っ裸で幸子ー幸子ーと愛を囁いているわりに
アダムだからか…性的さ感じさせないというか
山田裕貴、君の凄いところはそこだ
そこなんだよ、色々なキャラクター
で君のお肌の露出が多いシーンをいくつも
見たことがある見たことがあるんだがね

(ホリデイラブの黒井は不覚にも胸キュンだった

胸キュンなんて言葉、私の辞書にはなかった

私はハードボイルドな男が好きで

「ガッツあるんだろ!!」って言う忠臣に胸キュンするし闇ド7のラストでショタコンおばさんを下着でドラム缶に詰める忠臣の斜め上の優しさに胸キュンの人間だが盛大にすっ転んだよ黒井に!)


素っ裸に関して初めて見たのは
「あの時、君を追いかけた」の浩介なんですけどね
一番のsexyさを感じたのはファースト写真集で私はあまり写真集を直視できていません!!

(オールバックが大好きなので、わっせろーいwと歓喜したスーツ大好き人間さ目隠しもあって、とんだ性癖ビンゴだよ。一番ぶちあがったのは堤監督との対談ですw)
話がまた、逸れました
ラブリン、一体何がちげーんだよってなりますよね


ラブリンの精神年齢が子供なのか
幸子を前にすると退行してしまうのか

最終的に、幸子に最後のカモミールティーを渡すラブリンは全ての身包みを剥がされ子供になってしまったような


愛田凛太郎
ラブリンという教師=ヒーロー 
しかし、その実態は変態という
そして変態の実態は母の呪縛

男らしくあれ=母を守れなかったから(?)

ここは、個人的に私自身が女であるためか、まったく理解できていないところです)に
雁字搦めにされている男の子という

今まで山田裕貴を見てきた作品のキャラクター達が
皆、どこか違えど
ゆるぎない信念を持っている
信念が強い=己が信じるもののために善にも悪にも染まりやすいという脆弱さがある気がしていて
その脆弱=繊細な心=無垢な純粋さ


ラブリンは最終的に
全て失ってこそ、魅せてくれるキャラクターだったかなと
男性ではあるのですが

 
カモミールティーを飲んで眠りにつく姿というのはどこか可憐さを彷彿とさせ、
可憐さ=労わりたくなるような様であるので

www.weblio.jp


ラブリンが幸子に、幸子のヒーロー=守ってやりたいと思ったように
幸子愛田凛太郎の事を慈しみたい対象とした
彼女もまた同じ嗜好の持ち主だったのか、愛田凛太郎の愛(罪)が紡がれた結果なのか。

 

みたいな、ワンシーンに情報量が多いんですよね

自分でこう打ってて思うんですけど、このドラマの見方は

多分、脳の中で視覚を文字に変換して認識する見方が正解なのだろうな

説明されなくてもわかるかと言われたら、解らんという人間の方が多いと思うんだ

これは完全にオタクの見方な気がするからだ

でも結末が受け入れがたい理解しがたいものであったとき、

私の場合はどうしてそうなった・・・と逆チャプター再生をするんですけども

で、自分でこのシーンはこうだ

このシーンはああだなどと

 

ドラマのスタッフさんに引用されて

そう見方か、その見方で合ってるんだなと

もう私は正解しか探して呟いていなかった

その見方で視聴者としては、正しい見方なのであろうが

自分で、こう呟いていても。

これを正解だと鵜呑みにしてはいけないぞと心の中で他に叫んでいたい。

あの人が、そういうからこれはこう見えるというのは作品を深く見るにあたって

嗜好がずれてくるように感じたからだ。

 

 

こう、このシーンはとスタッフさん側から教えていただける情報は

オタクとしては、ありがたいことこの上ないあげく

ああ、小林勇貴監督はめっちゃ考えて撮影されていたんだなと

しみじみ、思ったし私は山田裕貴のそういう演技に対する思考が沼であるとより実感した

 

自分の中で、というか私自身の

持論というか、こう作品によって多少ニュアンスが違ってくるとおもうんだけども。首をみねって、じーっと見てた時に「ああ視えたぞ」と台詞や表情や場面割りから統合して視えるものってあると思うんですよね。そこに気づいた時に、作品の素晴らしさを感じ、より一つの作品としての良さを実感できると思うのですよね。

私は推しの監督・脚本・俳優・音楽だからという理由で作品を見たりする人間ではあるんですが、好きな部分以外をもトータル的に見た時に作品の良さにより気がつく事ができる、少々残念な部分も視聴者的には見えてくるのも事実だが、推しだけを追っていたら見えない部分もあるぞという事が言いたいし自分に言い聞かせたい。

私は、作品を見るにあたって全く感情移入をしない人間であるので偏った見方というかレビュアー的な見方で見てしまうんだなあ。ちょっとこれ治したいけど不治の病だ、どっかで道を逸れたわ。

どちらかというと、私を満足する作品に出会わせてくれ。という感じに近い。(何様だと言われるかもだが、視聴者様で消費者様だぞお。見たいものにはお金をポイポイしてしまう人間です)

 

ホームルームは

ラブリン=愛田凛太郎が美術の教師でもあり

 

こうワンシーンが芸術性・本当に映像美を感じるんですよね。小林勇貴監督の映像美。 秋田汐梨さんの美しさ。

 

 

タロットかな?って思うシーンも度肝を抜かれました。タロットの運命の輪か、と辿り着いたのは自分でも褒めてやりたい。解釈はわからないが…。

 

タロットの運命の輪

正位置の意味転換点、幸運の到来、チャンス、変化、結果、出会い、解決、定められた運命、結束。逆位置の意味情勢の急激な悪化、別れ、すれ違い、降格、アクシデントの到来、解放。

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https://ja.m.wikipedia.org/wiki/運命の輪

*6

まあWikiで見てくれよ

生徒の4人は誰がどれかわからないけど

へーって調べば調べるほど情報量が多い

作品を純粋に追いはじめると底無しになっていきますねえ。

 

でも私は、山田裕貴さんのファン的な目で見ていくとですね。まあこうなる、どこ見てるのそこおおおって自分でもなる。

 

 

変態のラブリンが嫌そうに変態行為をさせられているのが、凄い好きですね。変態なのに。

ゆあちゃんとの変態VS変態という図が。

変態が変態に屈している図がたまらんだけというか。山田裕貴氏のこういう、お目目の動きが好きなんだー。(死んだ目が目の色が変わるというか、『素晴らしいよ…』ドラマHANNIBALのラストでレクターにウィルが言うみたいに言いそうになりますもんね…)

 

というガチ目のキモオタになり変わるので

オタクってなんなんだろうな(゚ω゚)

作品をどう見るべきか、ふらふらしつつ

いろんな作品を見ていろんな事を思って、いろんな作品の良さや欠点を見つけたりして生きていきたいよなあ

 

って事で、山田裕貴さんと小林勇貴監督の

インスタライブがオーディオコメンテータリー的な役割というかDVDBOXや全話見終えた後に

このスタライを見ると、色々補完ができるかな。

私はこのコラボスタライはオーディオ小メンテータリー的な役割を持っている気がして気になっていた部分の謎が解けました!ありがとうございます!

https://www.instagram.com/tv/CAkm2R7g1-z/?igshid=rpofj8goe71j

 

ホームルームは久しぶりに視覚と脳味噌をフル回転するドラマであり。語り尽くせないし、すまんが疑問点が残るんだ😂誰か一緒に疑問点について語りましょう!